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ぐにゃぐにゃのぱー

父に電子メールを書く

用件あっての電子メールである。
父の会社の人が開くので、
「ど~か、この電子メールを父にみせてください」
という出だしである。

長々と書いて、送って、
その後、日々の生活のなんやらを、
何を考えるでもなくしていると、
フト、
あぁ、電子メールの時代でよかったなぁ、
とつくづく思う自分がいる。

これが、手書きの手紙であったなら、
後世まで残った可能性があり、
それは、ど~も嫌、なので、
また、それを考慮すると、
もっと用心深く内容をかくわけで、
そうすると、時間もかかってしまうわけだ。
いいのだろうけれども、、、
考慮して便りを書くというのは。。。。

ま、それだから、むかぁしの
手紙なんかが残っていると、
知り合い、赤の他人、
有名、無名、を超えて

こう、おもしろく読ませてもらったりします、私。

どこぞの小説家の金の無心の手紙なんかは、
恋文よりおもしろい時ありますね。

誰かが、こう言った、とか
書いた、などは、
記録しないと残らない、
したらしたで残ってしまう。

ということが、いちいち言わなくても
あたりまえのことで、
一挙一動するほう、されるほうが、
今より真剣、もしくは、
労力をついやさないと、
いけなかったんですね~、
きっと

「記録」という意味では。。。。

言い方は色々あるでしょうが、
注意深くならざるおえない
とか
より、制作という意味でアーティスティックであるとか、
あるんでしょうが、

あれですね、
思ったんは、
脳をよく使う練習になっていたんだなぁ、
と。。。。
脳を、記録するツールとして
本気使いするわけですものね。。。。

それ以外ですと、
おもいきりも必要でしたでしょうね。

映画、写真、手紙、などなど、
「記録」「記聞」そして「記性」

いや、まぁ、脳、使わないとなぁ、と、
思っているのに、なかなか。。。

ドキュメンタリーとフィクションの
狭間で、
なぜ、人類は、「記録」をしてきたのか、
したかったのか、
それらの中で、
消えていった数々の事実、
これから知りうることのない事実たちも含め、
アクシデントと努力の重なりあいで、
脳に似た、物言わぬ、物思わぬツールを手に、
我々は、どこへ行くのか。。。。

などと、大それたテーマを胸に、
せんべいかじり、
何もしない。
原稿やんなきゃ、って時は、
こうして現実逃避してます。。。。

脳使お 脳。。。。

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