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さ~わ~やか~なっ あぁさがきたっ

私は、朝日とともに、消え去って、
人を不快にさせてしまう。

私の消失と入れ違う様に、ちょうどその直後、
朝日を追いかけて、見慣れぬ場所から便りが届く。
それには、こう記してあった。

『まだ自分を知らない、鮮烈で、透明な「悲しみ」です。
こんな風に孤独であることはそれでも素敵なことです。
ほんとうはこの「若さ」は自意識や怒りからは程遠いもの』

この、『孤独であることはそれでも素敵なことです』
という言葉に、嬉しいのか、有り難いのか、
ままならないのか、やるせないのか、
おそらくその全部で・・・。
もうわからなくなって、

それでも、いつも、自分が好きになれないままで、
怖がりで、
忌み嫌われるそのことを
素敵といってくれた。

それでも、私は、人を不快にさせたのです。

わけが分からず、走るように朝日の中を
警察官に不審者とかまえられながら、
酔い覚ましにいただいた缶の紅茶を飲みながら、
ゲホッ ゲホッと咳き込みながら、

自分自身から逃げる様にひた歩く。

便りは続いた。

私が初めてその人を知ったのは、
中島らも氏が亡くなってから、
『中島らも烈伝』という本の著者としてだった。

古くからの友を持つということは、きっと、とても幸福なことで、

その、古い友を綴る澄み切った言葉が、素直に
しみこむことは、なんと美しいことか・・・。

そう思ったことを覚えている。

先日中島らもさん命日イベントで、
初めて本人と話をさせていただいた。

その後、らもさんの娘さんの早苗ちゃんから、
彼が私の本をわざわざ購入してくれたと
聞き、慌ててメールを打たせていただいた。

鈴木様

連絡遅くなってしまってすみません。

早苗ちゃんからちらりと聞きましたが、
私の本を読んでくださったそうで、
プレゼントできずに、申し訳ないですし、
そのような、お目汚し、申し訳ないと思う次第です。

私の方は毎日飲んだくれておるわけですが、
私の様なベースのない人間が毎日飲んだくれると
どうなるかというと、これはもう、
下落の一途でして、
これはよくないな、今更ながらに勉強しなければな、
などと思いつつ、何もせず、
また飲んだくれておるわけです。

鈴木さんは、いかがお過ごしでしょうか。
東京も、人間とは仲良くしたくないですといった風な、
猛暑ぶりで、きっと関西の方も大変なのではと
予測しております。
どうか、栄養のあるものをお摂りになられて、
元気でいてくださいませ。
ではでは、また。

文子拝

藤谷文子さま

メールどうもありがとう。
ろくろ首のように首を長ーーーくして待ってました。
首の筋がおかしくなってしまいました。肩こったぁー。
アドレスを教えてもらわなかったことを
「しまった!」と思ったけれど、
後の祭りでした。
君からメール来ないかなぁ、って考えていると、
藤谷文子がだんだん架空の人物のように思えてきて、
どうしていいかわかりませんでした。
でも、どうやら僕のまぬけな幻覚ではなかったようなので
ちょっとほっとしています。

こちらは暑ーいですよ。
君はお酒強いんですね。
ちょっとウワバミのようですね。
ベースのある人なんかいませんよ。
だって地球は虚空のなかに浮かんでいるのだから、
イメージとしてはもう下落するしかないのです。
でも、ほんとうは下も上もないのだから下落しません。

今日は、神戸新聞が家に来たので、ラモのことをしゃべりました。
いま帰ったところです。

※ 啓 中略

先日、トークショーのとき、
君を見ていたら、
死ぬ前の年だったか、
どうしてラモが深夜に電話であれほど君のことを何度も言っていたのかが
わかるような気がしました。
ああ、そうだなぁ、と思いました。
電話の彼は明らかに君がどんな人なのか教えたがっていた
(失礼なこと言ってごめんなさい)ようです!
いままで彼がそんな風なことを言ったことは一度もありません。
よほどいい子なんだろうな、と思いました。
それにラモが僕に笑い話以外に人の話をすることはめったになかったので、
よけいに強く印象に残っていました。
もちろんラモと僕が同じように君を見ているかどうかは
ラモにも僕にも、
誰にもわからないことですが、
彼が何を言いたかったのかくらいはわかった気がします。

いずれにせよ、君と僕はラモという共通の友人をもったわけです。
長ったらしいメールでごめん。

S.

という便り。本人の許可をいただいて、
ここに載せているわけだが、
中略の部分は、私の本を読んだ感想を
あまりにも素敵な言葉で綴っていただいたので、

ヒヒヒヒ、なんて少しの照れと共に
大事にしまっておこうとしているわけです。

先の『孤独であることは~』のくだりはその中の
一文。

『中島らも烈伝』を読んだ時に、
古い古い友を持つことを
何とも透明に憧れながら、
チクチクした鋭利な感覚を心地よく覚えていた私に、

君と僕はラモという共通の友人を持ったわけです。
と言って締めくくられた便り。

共通の友を持ったことは、おそらくとてもサブライムで、

その、友は、先に旅立った。

残された私たちは、
共通の友を持ったという事実を抱きしめる。

自分がやっぱり嫌いになった時に、
らもさんの、『いいんだぜ』が、
その友人の言葉を通して白んだ空から
飛んできた。

もう会えないと思っていた人に、もう一度会えたようでした。

私ったらバカですね、もう会えないなんて心のどこかで
思っていたなんて。

もう、朝はラジオ体操に行くことにするっ。